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ドッグラン [70-300mm F4.5-5.6 G SSM]

初めて広いフィールドを自由に走らせたところ、年上のお兄さん犬と追いかけっこをして楽しく遊んでいました。さすがに疲れたのか、家に帰った後はいつもよりも早く寝床に入ってぐっすり寝ていました。

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楽しかったよ

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青空が待ち遠しい [DSC-RX0]

今年は梅雨らしい梅雨となり、段々と青空が恋しくなって来ました。梅雨明け間近とは思いますが、果たして今週明けるか、来週に持ち越しか?

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春の空はこんなに青かった

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そして太陽はこんなにも低かった

タグ: 青空 梅雨
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弟との再会 [その他]

我が家の愛犬と同じ両親から同じ日に生まれたゴールデン・レトリーバーのM君が遊びに来てくれました。生まれてから2ヶ月間はブリーダさんのところで一緒に育った姉弟の関係です。離れ離れになって2ヶ月ぶりの再会でした。お互いに覚えていたのか再会の瞬間から嬉しそうに遊び出し、1日中仲良くじゃれ合っていました。

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遠目には区別がつかないほどそっくりな弟(左)と姉(右)

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弟のM君

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うちのリリー

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海岸ではすでにオープンしている海の家も

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1日中遊んだ後はぐっすりと眠る

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五島・長崎 教会巡り(8)長崎 Part 2 [五島・長崎 教会巡り]

【浦上天主堂】
 浦上地区は長崎の中心部から北へ1.5kmほどのところにあり、キリスト教伝来以来キリシタンの多い地区でした。そのため、江戸時代中期から明治維新までの間に4度にわたる大規模な弾圧が行われました。これを浦上崩れ(浦上一番崩れ~四番崩れ)と呼びます。浦上崩れによって各地に流罪となっていたキリシタンたちは禁教が解かれると浦上に戻って来て1879年(明治12年)に小聖堂を建設しました。これが浦上天主堂の始まりです。1880年(明治13年)に現在の土地を取得し、仮会堂が建てられます。さらに1895年から19年の歳月をかけて現在の大聖堂の礎となる天主堂が建設されました。設計したのは1874年(明治7年)に来日し、長崎神学校や上五島で布教活動をしていたフレノー神父でした。フレノー神父は大浦天主堂に負けないくらいの東洋一の大聖堂建設を目指しました。1914年(大正3年)、ついに大浦天主堂が完成しました。しかしフレノー神父は1911年に亡くなってしまったため、完成した大聖堂を見ることはできませんでした。その後1925年(大正14年)には鉄川与助の設計施工により正面のドーム付き双塔が完成し、ほぼ現在の姿となりました。しかし1945年(昭和20年)8月9日、長崎への原爆投下により浦上天主堂は原型をとどめないまでに崩壊してしまいました。この日に天主堂に集まっていた多くの信徒たちは全員帰らぬ人となってしまいました。1959年(昭和34年)、鉄川与助の長男・与八郎の設計施工によって、崩壊した旧聖堂と同じ外観を持つコンクリート製の天主堂が再建されました。それが現在の浦上天主堂です。この立派な建物は日本最大級のカトリック教会だということです。


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【神ノ島教会・岬のマリア像】
 長崎市中心部から長崎湾を挟んだ対岸に伸びる岬の突端に神ノ島という地区があります。そこはかつて陸地から離れた小さな島でした。現在は長崎湾の埋め立てのために陸続きとなっていますが、当時は舟でしか行けない不便な土地でした。そこに迫害を受けたキリシタンが潜伏して信仰を守っていました。1873年(明治6年)に禁教の高札が廃された後、1876年(明治9年)にこの地に仮聖堂が設置され、多くの潜伏キリシタンはカトリックとなりました。そして1897年(明治30年)に6代目となるデュラン神父が私財を投じて完成させたのが現在の神ノ島教会です。長崎では4番目に古いレンガ造りの聖堂だそうです。88段の階段を登ると真っ白な聖堂に辿り着きます。高台からは長崎湾に架かる「ながさき女神大橋」が見渡せます。眼下の岬には真っ白なマリア像が見えます。これは「岬のマリア像」と呼ばれ、1949年(昭和24年)にザビエル渡来400年を記念して建てられました。当時は1.7メートルの高さでしたが、その後1984年(昭和59年)に2代目の像が建てられ、高さは4.7メートルとなりました。長崎湾の入り口で航行の安全を見守っているかのようです。

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純白の壁が夕日に染まる神ノ島教会

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ながさき女神大橋を望む


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神ノ島教会から見える岬のマリア像

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長崎湾を行き交う船の安全を見守っているかのようだ


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