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小春日和 [DSC-RX0]

朝晩は冷えますが、日が射して風が吹かなければ日中はポカポカ心地良く感じます。そんな日は時間がゆったりと流れているように思えてきます。

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五島・長崎 教会巡り(6)中通島 Part 3 [五島・長崎 教会巡り]

【曽根教会】
 曽根教会は中通島最北部に伸びた長さ10kmを超える細長い半島の上に建っています。半島の幅は狭い所では1kmに満たないため、教会からは東側に五島灘、西側に東シナ海を見下ろすことができます。水平線上に朝日も夕日も見られる素晴らしい立地の曽根郷地区ですが、五島崩れの際には大変厳しい迫害を受けた土地でもあります。明治の初めにキリスト教信徒がその信仰を公にしてしまったことによって強い弾圧を受けたのがいわゆる「五島崩れ」です。禁教が解かれた後の明治32年(1899)にペルー神父の指導の下、野原与吉棟梁と鉄川与助が旧曽根教会を施工しました。鉄川与助が初めて西洋建築に携わったのがこの旧曽根教会でした。この時、与助は弱冠20歳。この経験をきっかけに与助は教会建築に没頭して行くことになります。残念ながら旧曽根教会堂は現存せず、現在の曽根教会は昭和41年(1966)に建てられた3代目の天主堂になります。鉄筋コンクリート造りで正面2階のテラスには無原罪の聖母像があります。また、建物の中心から右にオフセットした形で鐘塔が設けられています。内部は柱がない広い空間を実現しており、白い壁が明るい雰囲気を作り出していました。外には立派なルルドが作られています。

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曽根教会のルルド

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【中ノ浦教会】
 中通島の西側にある静かな入り江に建つのが中ノ浦教会です。大正14年(1925)に建立され、昭和41年(1966)に入口部と鐘塔が増築されました。シンプルな外観の重層屋根の木造教会です。内部は三廊式の折上天井になっており、祭壇部のみがリブ・ヴォールト天井になっています。この教会は激しい弾圧を経験した信徒たちの「五島で一番美しい聖堂を作りたい」という想いを実現したものだということです。

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【頭ケ島天主堂】
 中通島の北東部に橋でつながった小さな島、頭ケ島があります。かつては無人島でしたが、明治初期に中通島の中心部にある鯛ノ浦地区から潜伏キリシタンたちが迫害を逃れて移住して来ました。しかし迫害の手は頭ケ島にも及び、キリシタンたちはこの島からも一時離れざるを得ませんでした。その後、禁教が解かれた後に住民たちはこの島に戻り明治20年(1887)に念願の旧聖堂を建設しました。更に明治43年(1910)から約10年の歳月をかけ大正8年(1919)に石造りの小さな天主堂を完成させました。設計施工は鉄川与助が担当しました。与助が作った唯一の石造りの教会です。材料となる砂岩は信徒たちの献身的な労働奉仕により対岸の島から切り出し、船で運んで来て積み上げられました。総重量は450トンにも及んだそうです。途中、資金難のために2度も工事が中断されました。中には全財産を使い果たしてしまった信徒もいたそうです。単層屋根構造、ロマネスク様式の小さな天主堂ですが、内部を広く見せるために柱のない単廊式床と高い折上天井を採用しています。建設には困難を極めたため、鉄川与助にとっても思い入れの深い天主堂だったということです。2001年に国の重要文化財に指定、2018年にユネスコの世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成要素の一つである「頭ケ島の集落」として登録されています。

※頭ケ島天主堂の見学は頭ケ島にある上五島空港からシャトルバスに乗り換えて入場する必要があるため、事前に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター」(095-823-7650)でバスの予約をして下さい。

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頭ケ島天主堂に隣接する墓地

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モノクロームの海岸 [70-300mm F4.5-5.6 G SSM]

キラキラ輝く冬の海岸はモノクローム。

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五島・長崎 教会巡り(5)中通島 Part 2 [五島・長崎 教会巡り]

【大曾教会】
 大正5年(1916)鉄川与助の設計施工により大曾教会に現在の天主堂が完成しました。レンガ造りの重層屋根構造、内部は三廊式で4分割リブ・ヴォールト天井を有するところは他の鉄川建築と同様です。しかし、この教会では与助が初めて四角柱状の単塔の上に八角ドーム屋根の鐘楼を載せたスタイルを取り入れました。また、この教会では尖頭アーチ窓のゴシック様式ではなく、円形アーチ窓のロマネスク様式を採用しています。外壁はレンガの凹凸や色の違いによって壁面に変化を与える装飾手法が工夫されています。地面から12~13段はレンガの小口を見せる小口積みで作られ、その上は長手面と小口面が交互に現れるイギリス積みを採用しています。また、一部のレンガを濃い小豆色にすることで更に意匠性を高めています。レンガの染色はおそらく信徒が持ち寄った鍋や釜の煤と油で行われたと思われ、この後に手掛けることになる田平天主堂でも同じ手法が用いられています。内部には美しい彫刻が施された柱が使われていますが、この彫刻は与助の父である鉄川与四郎の手によるものだそうです。

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【福見教会】
 1799年に長崎本土の外海地区から5人の信徒が迫害を逃れてやって来たのがこの地区におけるキリスト教伝来の始まりと言われています。しかし明治になるとこの集落にも迫害の手が迫り、明治3年(1870)に9家族50人の信徒たちは故郷を離れて船に乗って他の場所に移り住みました。明治6年に禁教が解けた後に彼らが故郷に戻ると村は荒れ果て、家財道具や農機具は略奪されており、住める家はなかったと言うことです。その後明治15年(1882)に木造の教会が建てられましたが、2年後に強風により崩壊してしまいました。それでも信徒たちは資金を集めて別の場所に土地を購入し、レンガ造りの教会堂を大正2年(1913)に完成させました。それが現在の福見教会です。内部は一般的な三廊式ですが、天井は折上格天井(おりあげごうてんじょう)になっているのが特徴です。折上天井とは一部を折り上げて高さを増した天井で、格天井とは角材等を格子状に組んだ天井を指します。折上格天井は日本の伝統的な木造建築で格式を上げるために用いられて来た様式で、主にお寺などの天井に見られます。レンガ造りのキリスト教建築にこのような和風の様式が用いられているのは唯一の例だと言うことです。しかし、完成当時は典型的なリブ・ヴォールト天井であったという学説もあり、なぜこのように改修されたのかは謎のようです。福見地区は現在でも住民の98%がキリスト教徒という日本有数のキリシタン部落です。

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いたずらニャンコ [その他]

父母のところの甘えん坊ニャンコのいたずらっ子ぶりが炸裂中。紐状のものが大好きで、カメラのストラップやスマートフォンの充電用ケーブルを見ると飛んで来ます。

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DSC-RX0のストラップにロックオン


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床暖房が気持ち良いニャー

タグ: 動物 DSC-RX0
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日の出(1月3日) [35mmF1.4G]

2019年の初日の出は雲が多くて残念だったので1月3日の日の出も撮ってみました。この日は朝から雲一つない晴天でスッキリした日の出が見られました。

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初日の出 [70-300mm F4.5-5.6 G SSM]

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あけましておめでとうございます。
旧年中はたくさんのご訪問およびnice!とコメントを頂戴し誠にありがとうございました。
昨年愛犬を亡くしてからは写真を撮る機会が激減し、その影響で本ブログの更新頻度が週に一度程度になってしまいました。それにもかかわらず皆様には以前と変わらずご訪問していただけたことを大変嬉しく思います。心よりお礼を申し上げます。今年も取り留めのないことを不定期に書いて行くことになると思いますが、引き続きお付き合いのほど宜しくお願い致します。
皆様にとって2019年が素晴らしい年になりますようお祈り申し上げます。
2019年1月1日

今年は冷え込みが緩み、風もなく暖かい年明けとなりました。その半面、雲が多く初日の出には厳しい条件となりました。昇って来る太陽が雲の隙間から一瞬顔を出しましたが、すぐに上空の雲の中に消えて行きました。西の空は更に雲が多く、富士山は全く見えずじまいでした。

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夜明け前。空が明るくなってきたが雲の隙間はわずか。

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西の方向は更に雲が多く富士山は全く見えなかった

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