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五島・長崎 教会巡り(5)中通島 Part 2 [五島・長崎 教会巡り]

【大曾教会】
 大正5年(1916)鉄川与助の設計施工により大曾教会に現在の天主堂が完成しました。レンガ造りの重層屋根構造、内部は三廊式で4分割リブ・ヴォールト天井を有するところは他の鉄川建築と同様です。しかし、この教会では与助が初めて四角柱状の単塔の上に八角ドーム屋根の鐘楼を載せたスタイルを取り入れました。また、この教会では尖頭アーチ窓のゴシック様式ではなく、円形アーチ窓のロマネスク様式を採用しています。外壁はレンガの凹凸や色の違いによって壁面に変化を与える装飾手法が工夫されています。地面から12~13段はレンガの小口を見せる小口積みで作られ、その上は長手面と小口面が交互に現れるイギリス積みを採用しています。また、一部のレンガを濃い小豆色にすることで更に意匠性を高めています。レンガの染色はおそらく信徒が持ち寄った鍋や釜の煤と油で行われたと思われ、この後に手掛けることになる田平天主堂でも同じ手法が用いられています。内部には美しい彫刻が施された柱が使われていますが、この彫刻は与助の父である鉄川与四郎の手によるものだそうです。

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【福見教会】
 1799年に長崎本土の外海地区から5人の信徒が迫害を逃れてやって来たのがこの地区におけるキリスト教伝来の始まりと言われています。しかし明治になるとこの集落にも迫害の手が迫り、明治3年(1870)に9家族50人の信徒たちは故郷を離れて船に乗って他の場所に移り住みました。明治6年に禁教が解けた後に彼らが故郷に戻ると村は荒れ果て、家財道具や農機具は略奪されており、住める家はなかったと言うことです。その後明治15年(1882)に木造の教会が建てられましたが、2年後に強風により崩壊してしまいました。それでも信徒たちは資金を集めて別の場所に土地を購入し、レンガ造りの教会堂を大正2年(1913)に完成させました。それが現在の福見教会です。内部は一般的な三廊式ですが、天井は折上格天井(おりあげごうてんじょう)になっているのが特徴です。折上天井とは一部を折り上げて高さを増した天井で、格天井とは角材等を格子状に組んだ天井を指します。折上格天井は日本の伝統的な木造建築で格式を上げるために用いられて来た様式で、主にお寺などの天井に見られます。レンガ造りのキリスト教建築にこのような和風の様式が用いられているのは唯一の例だと言うことです。しかし、完成当時は典型的なリブ・ヴォールト天井であったという学説もあり、なぜこのように改修されたのかは謎のようです。福見地区は現在でも住民の98%がキリスト教徒という日本有数のキリシタン部落です。

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nice!(25)  コメント(4) 
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コメント 4

響

やっぱり鉄っつあん設計の教会は
温かみがあって惹かれます。
最後の煉瓦の十字架の写真好きだなぁ。
by (2019-01-16 17:34) 

ナビパ

教会のステンドグラスってデザインもまちまちなんですね。
ステンドグラスの歴史を調べてみても面白そうですね。
by ナビパ (2019-01-16 19:41) 

ZZA700

響さん
知れば知るほど鉄川与助は偉大だと感じます。
どこか和風テイストが入っているところが温かみに通じるかも知れませんね。
福見教会の塀にさりげなく十字架が仕込まれているのを見つけた時にはガッツポーズでした^^
by ZZA700 (2019-01-16 23:48) 

ZZA700

ナビパさん
おっしゃる通りステンドグラスだけを見ていても飽きないですね。
五島のステンドグラスは花をモチーフにした物が多く、特に椿がシンボルになっていました。
by ZZA700 (2019-01-16 23:50) 

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